2018年06月06日

アダルト・チルドレンという言葉は、自らの“生きづらさ”の理由を自分なりに理解しようと努める人がたどりつくひとつの自覚である。

アダルト・チルドレンという言葉は、自らの“生きづらさ”の理由を自分なりに理解しようと努める人がたどりつくひとつの自覚である。その自覚をつかい自身の人生を再考する機会を持つことができる。#AC
http://ikuoakashi.jp/1861


2018年05月18日

無意識に交感神経を優位にしてしまう思考・行動へのパターンがある。

生き延びてきた力は、自身を守ってきた力。さまざまな困難を「意志」で克服するために。しかしながら、もう自分でいいのだ。#AC #アダルト・チルドレン

回復期にあるアダルト・チルドレンは対象喪失、(対象には自分の旧来の力、アイデンティティが含まれる)に敏感になるときがある。
さびしさを感じることは、いけないことではない。
寂しさを否認しようとして、衝動的になってきたのだ。アルコール、薬物、買い物、恋愛、ゲーム、スマホなどなど。もう自分でいいのだ。

2018年05月04日

AC回復過程、「全力」で自分自身を守ってみること

強いオンショアが吹いている湘南海岸です。風や潮の匂いを身体で感じることが嬉しくおもいます。海に入ったら気持ちいいだろうなぁと思います。その気持を味わっています。

「無理をしてはいけません」と自然とのかかわりで気づくことがあります。
自己探求やワークがひととおりすすんでくると、とてもつかれを感じることがあります。
感情に触れ、感情認知の変容とは、身体に働きかけます。そして、身体感覚の変容とは、パーソナリティの変容の機会となります。

自分ではなかなかきがつかないこともあります。

周囲の友人や同僚の反応が変わったことで気がついたり
家族とトラブルを起こして気がつくこともあります。

つかれを感じたら、自己探求やワークを休むこと、時には仕事を誰かにまかせることなどが必要です。
それは、当初、違和感を感じるかもしれません。

「さぼって、いいのだろうか?」
「自分だけ休んでいいのだろうか?」
「こんなに楽をしていいのだろうか?」
「このまま、ずっと何もできなくなるのではないか」などなど。

自分を守ることをこれまで体験したことがないかもしれません。
なので、「全力」で自分自身を守ってみることが必要です。

そんな、強い南風のビーチです。

2018年05月02日

逆転移を伴わない転移は存在せず、転移を伴わない逆転移も存在しない。

連休なかばに自身のバランスについて整理しています。(^^) 私自身の大きなエッジを味わっていることに気がついています。
24年前は、大病をきっかけにサラリーマンをやめて事務所を立ち上げるプロセス、
12年前は、その事務所の仕事を大きく変化させようと大学院にもぐり込んだプロセス
いまは、これまで積み上げてきた、アイデンティティを手放すプロセスに差し掛かっていると気がついています。
次の、季節をまっとうするために役割を終えた部分を潔く手放すことを迫られているという方が適切ですね。(T_T)

私は、当事者として、体験を昇華すること、職業にして生きることに12年ほど突っ走ってきたと振り返ります。
「自分の専門家」としてのひとつの在り方が、「カウンセラー」だったのかもしれません。

そこには、私にとっては、社会人、社会に適応している良い人、何が出来るかを証明するような生き方などが含まれていたのかもしれません。
私のいまの、大きなエッジとは、狭い意味での「心理療法家」でいることに窮屈さを感じていることです。

これは、全てのクライアントさん、研究会の参加者さんから、教えてもらった気づきです。
私は、開業して9年間、クライアントさんらの変容ぶり、それにまつわるプロセスについて、敬意をもっていて

それらは、私という人を変容させます。
先日、師匠である精神科医に、グループSVを受けました。

私が、ここのところ感じている気分を話すと、現場の臨床医らしく、関係対象論〜コフートを引用し

治療関係においての、相関的・間主観的転移についてフィードバックをもらいました。

「転移〜逆転移は相互作用に形を変える。

逆転移を伴わない転移は存在せず、転移を伴わない逆転移も存在しない。

セラピストの逆転移とクライアントの変化は等価である。(斎藤学)」

私は、治療関係〜グループ〜研究会〜専門家同士として推移する、人間関係にかかわることに関心が湧いていいます。

私はこのエッジを、私の稀有な人生を十分享受するようにと、クライアントさんの変化から受け取る段階なのだと知り。

とても、嬉しく思っています。

ありがとうございます。



マーケティング研究会、統合的グループワーク研究会、体験参加を歓迎しております。
  http://ikuoakashi.jp/1870



5/16“夢”・ドリームボディ・ワーク体験 @ 鎌倉芸術館5月16日(水)

 ⇒ http://ikuoakashi.jp/dreambodywork


明石郁生 
カウンセラー/臨床心理士
AA-J /家族とAC研究室
http://www.ikuoakashi.jp

2016年02月17日

自分探求、変化にチャレンジするアダルト・チルドレンのための認知行動療法を中心としたグループカウンセリング 2016年4月2日、9日、16日 いずれも土曜日13時〜16時 (全6回セッション)

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自分探求、変化にチャレンジするアダルト・チルドレンのための認知行動療法を中心としたグループカウンセリング (全6回セッション)


 ACのためのグループカウンセリングでは、参加者の相互作用とセラピストとの相互作用の両方が、ものの見方(認知)に変化をもたらすことで、生きづらさ等の改善にアプローチします。
 私たちは問題にぶつかるとこの認知が歪んでしまい、そこから抜け出せなくなってしまうのです。自分のその部分を知りたい、それを変化させるスキルを学びたい方はぜひご参加ください。


 認知行動療法、精神力動的療法、ゲシュタルト療法、逆説的家族療法、ナラティブ・セラピー、プロセス指向心理学、トランスパーソナル心理学等の理論基盤を中心としたセッションを通じて生活の中にカウンセリングを感じていただきます。


狙い:自分自身の思い込みやものの見方の「くせ」を探求し、生きづらさ等の改善にアプローチします。


対象:ACの自覚あるなしにかかわらず、自分の探求・変化にちゃレンジしたい方、どなたでも。


参加要項・内容 2016年4月チーム 
日時:2016年4月2日、9日、16日 いずれも土曜日 13時〜16時 

対象:一般大人どなたでも。

場所:家族とAC研究室 面接室 または茅ヶ崎駅周辺の施設
定員:8名

内容:


1、4月2日:だれよりも悩んできたこと〜セラピーターゲットの特定

セッション1:あなたが生き延びるためのしてきたこと

セッション2:思考と感情のA-B-C-D、不安・怒り


 

2、4月9日:愛と敬意をもってチャレンジしてみる

セッション3:自動思考と信念を見つける

セッション4:グループで実践:自動思考、信念にチャレンジしてみる


3、4月16日:リフレーム、ストーリーを再創造してみる

セッション5:自動思考・信念は変えられる

セッション6:グループで実践:新しい認知、スキル維持のための計画作成




*進行状況により内容が変更になる場合もあります。*途中からの参加または欠席でも費用は同じ金額です。

*定員に満たない場合は延期になることもあります。最小開催人数6名


参加費:全6回セッション通し (税込み)

     *早割→3月16日迄お申込み:22,000円(1セッションあたり3,670円)

**通常料金→3月17日以降お申し込み:27,000円


**継続カウンセリングの方:20,000円

**グループワーク参加2回以降の方:20,000円



こちらからご予約をお願いしたします!

*定員になり次第締め切りとさせて頂きます予めご了承ください。





2015年12月22日

「寂しさ」は大人の遊びと空想と創作



人間関係とは「母と子の二人の関係」からはじまるものです。
寂しさの問題もまたこの原初の人間関係にかかわる。
寂しさは:
「おとなの寂しさ」
「耐え難い寂しさ」
の二つに区分されます。

大人の寂しさとは,
大人の私たちになじみ深い感情で,「一人でいること」
「期待した人間関係が絶たれていること」「充実感や高揚感がなく,虚しく感じられる」に関連し,「怒り」や「悩み」の感情がある場合もありますが,必ずしもそうであるとは限らず,にぎやかな夏が過ぎて,秋になってなんとなく寂しいという寂しさもあります。これらはある程度以上に精神生活が成長してから見られる感情です。

耐え難い寂しさとは,
原初的な感情で,もともと赤ん坊のものです。乳児が母の乳房を求めて得られない時の,憤怒,絶望,空虚などの入り混じった感情で,これらを大人が感じたとすれば,辛くて怖くて耐えられません。

大人は「寂しい」ときに何をするか
親しい人のところへ行こうとしたり
親密な人との充実した関係を胸に想い描きます。
手紙を書いたりします。
読書という対話をします。
精神的に充実した人は,孤独なときも「他者と共にある」のです。容易に他者を想起できるのです。

あるいは,自分にとっての最も親密な人である自分自身と楽しい,充実した会話をします。今,目の前にある風景について話し合ったり,絵に書いたりします。切迫した危険な状況にあれなら,それを切り抜ける作戦会議に没頭します。

これらは,自己との対話であり,二人との会話とも違うので,1.5人の対話と呼んでいます。
その結論は,自己自身による現実の自己受容です。それは自己評価をあげます。
 こうした自己対話は空想であり,夢であり,遊びです。その中から詩や小説や絵画や音楽や,その他たくさんの創作が生み出されます。
 つまり,「寂しさ」は大人の遊びと空想と創作の宝庫なのです。


<引用文献>
斎藤学(2004)「自分のために生きていける」ということ 大和書房


2015年03月12日

「アダルト・チルドレン”を対象とした開業心理臨床家の報告」書いてます!

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この秋に、小さいが臨床的で実のある学会で演題発表をしました。
投稿用原稿に向き合い、書いてます(^^ゞ。 書いてます、。

2,臨床対象
先人の尽力の上概念化されたACという概念は近年再考されている。
精神科医、心療内科医によれば、心理療法家(カウンセラー)は疾病を治す医療行為からみずからを区別し、病い有無に係わらずカウンセリングの対象として、医療の枠に縛られることなくパーソナリティDも統合失調症のCLもそのQOLの改善を援助することができるし、精神科領域から正常範囲と診断される性格問題も、対人関係の悩みも、すべて対象とすることができる。

しかしながら、開業カウンセラーの小さな検討では、潜在的CLらは一般的な心療内科的治療に挫折し、さらに、カウンセリングに誤解を体験していた。また、どこに援助機会が在るのかわからずに
年月を経ていた例も少なくない。

「アダルトチルドレン」を対象とする開業カウンセラーとしての、在り方、など考えながら
自分が臨床的に、何をやっているのか?日々どんな研鑽を積んでいるのか?
これまでの臨床活動を振り返るの、時間を過ごしています。
感謝をこめて。


2015年03月06日

アダルト・チルドレンを対象としたセラピストは、。

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I felt nostalgic and sentimental when I saw snow town.

セラピストは感情を使って働いている。ことをもっと自覚する必要があると感じた。
セラピストはそれだけではないが感情を使って仕事をしているし、自身に必要な感情まで使ってしまうことが起こりうる。
どのような仕事であれ、自身の体力、気力などエナジーを使い切ったような場合は、個人に必要な部分が足りなくなる。その自覚は簡単なようで、難しいことがある。
もしセラピストにその自覚がなかった場合は、面接室のクライアントは自分自身を大切にすることを思いつくことは難しいかもしれない。

さっとよぎる予感や、フィーリング、身体感覚、夢などを使うよ。
個人に必要なエナジーを回復させ、充電する意識的な行動は大切である。さ、。感謝!

2015年02月20日

アダルト・チルドレン当事者研究者の課題

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執筆をするインクをかえました!
ーー
・・・ただただ、彼は過去の彼のような人を、みじめなままにさせておきたくなかったし投薬的医療構造の犠牲者にさせておきたくなかかった。食いものにさせたくなかった。
彼がコントロールしたかった。
しかしながら、それは問屋が卸さないことがらなのであると骨身に染みた。

彼ら、彼女らには、彼ら彼女らのプロセスがあるのである。
自身のプロセスを見つめることで、彼のCLをコントロールした気持ちは溶け去っていった。
これまで力をくれてありがとう。そして、さようなら。

当事者研究者的臨床家である課題は、
私たちは、個人の心理を完全に理解することは不可能であり、自分のためには役立った対処方法が他の誰かには悲惨な結果をもたらしかねないという事実を厳しく自覚している。

<ナンシー・マックウィリアムズ(2004)狩野力八郎 監訳 妙木浩之 他訳
 精神分析的心理療法ー実践家のための手引 金剛出版>




2015年02月18日

アダルト・チルドレン 身体症状と2次プロセス

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私は人々に無理強いはしない、私よりも彼らの身体や魂のほうがよく知っているからである。
<ミンデル 1985 ドリーム・ボディワーク>

彼の思考過多、不眠の2次プロセスにチャレンジしてみると、、、。
→安心したくない、思考を止めたくない!

これを迫害者(加害者)の視点になってみると、
→おまえを安心させない!   かも知れない。これを資源として使うと、、、。
「おまえのやっていることは、お前自身にとてもキケンなことなのだ」
「だからシグナルを点滅させているのだ。もし、安心してしまうとたちまち支配されてしまうぞ、と!」

もし、安心するとどうなるのだろう?
もし、安心するとどうなってしまうと思っているのだろう?

もし、思考を止め、よく眠ってしまうと、「良い人」ではなくなってしまうのだ!

ばかばかしい!
さあ、悪い人になろう!映画のような人生でなくて良いのだ。テレビの言っている人でなくて良いのだ!

2次プロセスへのチャレンジは、身体症状の逆引きとなるかもしれない。

ありがとう!







2015年02月17日

アダルト・チルドレンと身体症状のゆくえ

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無意識のなせる技から何を学ぶことができるか。
無意識にスキップしているだろう感情やら感覚に気がつかないうちは行動化は止まらないかもしれない。

自分の怒りや悲しみを見ないで、相手にぶつけているかもしれない。
自分の欲求を見ないで、仕事してしまうかもしれない。
自分の欲求を感じないで、相手のめんどうをみてしまうかもしれない。
良い人になろうとして、。

身体症状、不眠は、彼の頭をぼーっとさせることで、
これ以上、例えば彼のビジョンではない「仕事」に取り組まぬようにしているというメリットがあるのだろう。

その「仕事」に取り組めない自分は、手持ち無沙汰で、落ち着かず、悲しく、怒りを感じる、
そして、喪失のプロセスを感じるまで、。

半月の影に、雪の被ったいびつな富士山に、波のないローカルポイントに、良い人ではない自分自身に、すがすがしい孤独に、これまでやってきたことを手放すことに、ありがとうと、。



2015年02月12日

心理臨床家としてのアイデンティティについて書いています。

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カウンセラーの仕事が心理学的解放の理論、家族もしくは社会化の要求によって方向づけされているときに、クライエントの文脈、世界における、異なるあり方や考え方の探求、他の人生の知識や生活技術への入り口の可能性のある出来事や表現やは失われることがある。

「私たちはどのように現在の自分のようになったのだろうか?」
「私はどのように自分の表現である人生を生きることができるのか?」
「私はどのようにして自己を実現できるのか?」

カウンセラー自身の抑圧への挑戦は、自身のアイデンティティに課せられたものから逃れ、自己の基盤、「真実の個人的知識」にたどりつける。
マイケル・ホワイト(1997)小森康永監訳(2004)セラピストの人生という物語 金子書房 

感謝を込めて。


2015年01月29日

自分の専門家となるーアダルト・チルドレンという生きる力

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書籍企画ノート2015.0129

私の小さな検討では、潜在的CLらは一般的な心療内科的治療に挫折し、カウンセリングに誤解を体験していた。また、どこに援助機会が在るのかわからずに年月を経ていた例も少なくない。
斎藤(1999)は、私たちは「幸せな自己物語」に安住できなくなったときに、その物語を換えようとする。その努力の空回りを精神症状とのべている。<ーー封印された叫びーー>

過去であれ現在であれ,問題を経験した人々は,同じような状況に立たされた人々を援助できるような特別な知識,スキル,遂行能力,経験を持っている。(Morgan 2000小森他訳2003 ナラティブ・セラピーって何?)
それは、あなたとこの世界をより良くするための宝であると考えます。

2015年01月20日

アアルト・チルドレンと身体症状

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病気(不ー安心:dis-ease)は安心の欠如、安心に対する「否認」や否定を意味している。
病気や症状を「私ではない、何か」として体験することは、日常的な「小さな自己」の典型的な態度。自分自身をどのように捉えているかにかかわらず、誰もが「大きな自己」の存在を否定しがちである。病気は(不ー安心)は、安心を知るための道、方法なのである。
<Arnold Mindell 2007 訳 青木聡 監訳 富士見幸雄 2009 大地の心理学 星雲社>

大きな自己は、怖がっているのだと気がついている。
ずっと続けてきた、断崖にはしごをいくつも掛けてのぼり、横に飛び移ってさらに登るというやり方ではなく、
それを止めるのが怖いのだ。
止めるとどのように感じるのだろう?
楽しめない?
生きている感じがしない?
「登らない自分」が怖い。
意志力や段取りやアイデアが無駄であると感じることが怖いのだ。
だから、登らない自分を、「身体症状がある病気」だからとしないといけない。

今では、頭痛を感じることができる。それは、自分ではなく、小さな自己という日常に同一化しすぎているというサインと受け取ることができる。幸せである。感謝!






2015年01月16日

ACワーク! 1月24日土曜日麻布十番

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ワークとは?身体こころから発せられるシグナル(出てから消えるまで)に意識を向け係わっていくプロセス(1992 アーノルド・ミンデル)
「十分にして最小限のことだけをし、自分のワークをしているのはセラピストではなくクライエント自身であるという体験を可能にしている」か(2015 アンセル・L・ウオルト WS資料)
セラピストは、“場”を提供することに注意を向けた、舞台裏にいる黒衣かもしれない。
出会いやご縁や奇跡や、真っ白なゲレンデや先人の理論やトレーニングに感謝を込めて!

アダルト・チルドレングループワーク 麻布十番 1月24日土曜日



2014年12月27日

ヴィジョン・クエスト 2014 

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他者や世界への投影を自覚し、投影を
引き戻すことにチャレンジした年でした。

自身のワークを重ね、
スーパーヴィジョンを重ね、先人の書いたものを読み、
音楽を聞きながらいくつかの旅をした。

そして、封じ込めていた写真をこの目で見て、いちばんちかくて、遠かった、存在を体験した。
これまでの苦闘の意味を知り、そうせざるを得なかった心の動きを知った。
よく生き延びてきたと思う。

他者や世界を変えることは仕事ではないと身にしみた。
Vision Questを生きることを知った。

世界は時に厳しく、そしてそれ以上に美しい。

支えてくれたすべての人々事象に感謝したい。
ありがとう。


2014年12月25日

ACワークホリック〜統合へ。WAR is over if you want it.

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・・・何かに立ち向かってそれと格闘するのでなければ、前進していく手応えに欠けるような気がしてしまう。悪戦苦闘するのであれば、何かを成し遂げた達成感が得られる、せめて「やるだけのことはやった」と思える。
奮闘は大いに自我を満足させてくれる。意味のある取り組みをしていると思わせてくれる。
<ジョー・ヴィターレ(2002)白川貴子訳 2014 スピリチュアル・マーケティング 株式会社ヴォイス>

傷を癒やすプロセスにある。受け取るものの多さや達成に驚きながらも、次の波に挑んでしまう自分に気がつく。じっくりとしっかりと受け取ること、波や時に身をゆだねることのプロセスを味わいたいとおもう。

自身のたどってきた道のりを受容し、他者・世界への投影を引き戻すこと。人生は美しいと信じています。
感謝をこめて! WAR is over if you want it.

2014年12月03日

アダルト・チルドレンドリームワーク 5.26

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なにかのグループ、人々の誤解を解くための仕事をしている

ひとり、ひとりに話をして言質をとっている

切れる人もいて、彼は米とコーヒーの豆をひっくり返した。

私は、「うあー、食べれるかな?飲めるかな?」と思っている。

タフな仕事だなとおもいつつ、なめらなかプロ意識のような感覚を感じている。

古い友人が手伝ってくれている。

世界をかえることが私の仕事ではないと自覚した。

私には自分の安心な環境を創るという仕事があるのだ。

現在の自分の居心地のわるい環境について
まじめにコツコツと誠実に私のエネルギーをフルに使っていれば、必ずわかってくれて、「世界はかわる」
というのは私の思い込みだと気がついた。

私が私の喜びを創っていいのだ!
それは、誰かの喜びではないかもしれないが、
私は私の喜びを真っ先に創るのだと感じた。



2014年11月27日

アダルトチルドレンの怒りを臨床的に考える



アダルト・チルドレンを境界例の近縁状態として境界例臨床の視点から考える

1,家族・親が本人への思い入れが強くて、本人を思い通り(親の幻想)に育てたいので、命令・過保護・指示・過干渉が多い、主体性の育みのスキップされるケース

2,親が忙しくまたは、なんらかの要因があって、本人のことをほとんで顧みていない事態
この場合、主体性も育たませんが、同時に、親への不信がひどくなり、それはひいいては他者不信・自己不信につながるケース

3,両親の仲が悪く、それを両親が夫婦間で解決できず、子どもを巻き込む場合、
子どもはどちらにもいい顔をせざるをえず、建前だけの仮の自己だけが育ち、本音を出せる主体性のある自己が育たない、いわゆる世代間境界のあいまいになっているケース

4,この3つが同時に複雑に入り組んでる例

<引用文献 平井孝男 境界例の治療ポイント 2002 創元社>

知性化し生き延びてきた、自我は創造力になるが、身体や自然への信頼にオープンにアクセスできないとなると、自己破壊的にもなりうる。この信頼が持てないために、自然な反応をコントロールし、抑制せざるを得ない。
自分の自然な反応とは底がなく、どうかしてしまうのではないかと恐れるようになる。
生命の力を信頼できなくなる。
他者もろとも自分を破壊させてしまような怒りを表出してしまう事態が訪れる。

<参考文献 Alexander Lowen 1994 村西詔司・国永史子訳 からだのスピリチュアリティ 春秋社>



2014年11月26日

ACの投影を引き戻すチャレンジ

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・・・人生の苦しみを実感し始めている人物は同時に、より深いリアリティ、より真実に近いリアリティにめざめはじめている。苦しみは、リアリティに対する標準的な作り話の自己満足を打ち砕き、ある特殊な意味でわれわれをよみがえらさずにはおかないからである。(無境界 自己成長のセラピー論 1986 ケン・ウイルバー)

投影を引き戻すチャンレジは、自身の中にあるが触れずに、他者に投影されていたものを自分のものとして知覚する。それは、自身と他者、世界との関係性を見直すことにつながると体験している。
それは、自分自身を知るプロセスの始まりかもしれません。

私が知らなかった私
そんなに多くは友人がいなくともよい私
いつも楽しんでいなくてもよい私
遊びやイベントや、仕事や計画に没頭していなくともよい私
そんなにお酒を飲まなくても良い私
おおぜいのひとがいるところにいなくてもよい私

「私」が私になるプロセスは、全く新しいものにへの変容というより
編集作業のようであるかもしれない。

投影を引き戻す作業は、孤独、絶対値的なさみしさを味わうのだろう。
喪失の期間とも言えるだろう、抑うつともいうのだろうか。

感謝。

カウンセラー/臨床心理士 明石郁生 家族とAC研究室 http://www.ikuoakashi.jp アダルト・チルドレンという生きる力ー自分の専門家になるー手紙http://www.reservestock.jp/subscribe/30803